![]() |
![]() |
ID-AL(アイディアル) 第1章「目的と理由」 |
![]() |
![]() |
<前のページ> <8> <9> <次のページ> | ||||
8 徳口にライテンと呼ばれた人物は、甲高い靴音を響かせながらオレの方へ近づいてきた。 オレは戸惑って、徳口の顔を見る。表情を見る限り、危険な人物だというわけではなさそうだ。しかし、これは罠かもしれないとも考える。捕まえるようなそぶりは見せず、安心させた後に実は裏で仲間を呼んでいたのかもしれない。だが、わざわざそんな回りくどい方法をとる必要があるだろうか……? いきなり、顎をつままれた。驚く暇もなく、顔を上向けさせられる。 すぐ近くに、ライテンの顔があった。 「離してください」 「綺麗な目」 オレの抗議を無視して、彼女は呟いた。 抗議は無駄なようだ。危害を加えられそうな気配はないので、抵抗するのを諦めることにする。 しかし、じっくりと見つめられるのも気恥ずかしいので、オレは視線を外した。ライテンの右肩が目に入る。 うろこのような模様の刺繍がタイリングされている真っ白い布が、その肩をぴったりと覆い包んでいる。布地が肌に密着しているので、筋肉の流れが手に取るように分かる。女性にしては、がっしりとした肩だ。それに、身体全体のバランスを考えると、いささか肩幅が広いと感じる。 もしかしたら……。 オレは指向性認識システムのパーセンテージを引き上げて、疑惑の「彼女」を調べようとした。 だが、推論が何も導き出されない。五感はすべて正常で、視覚、触覚、嗅覚などのセンサから得られたデータは流れ込んでくる。しかし、答えが出ないのだ。 「無駄よ。センサガード入れてるから」 言葉とともに、ようやくライテンの手が離れる。 戸惑うオレを、何故か満足そうな笑みを浮かべて見つめるライテン。 そもそも、彼女(彼?)は何者なのだろう。徳口の知り合いで、ライテンと呼ばれていることは分かった。認識システムに反応しないので性別や年齢は不明だ。 「男だよ」 傍らにいた徳口がそう言った。 「ちょっと、シュウちゃん!」 ライテンが金切り声を上げる。 「せっかくガード入れたのに、意味ないじゃない!」 「お前にやったガードは、玄関のドア用だったろ? あれを身体に入れたのか」 徳口は呆れたような口調だ。 「ソフトだけタグに入れてね」 「そこまでして情報隠したって、知人の口からぽろりだぞ」 「あたしは性別を超越した存在になりたいのよっ!」 「既に、人間は超越してるんじゃないか?」 「どういう意味よ!」 ……オレはすっかり圧倒されていた。 徳口がこんなに多くの単語を使ってしゃべるのを初めて見たし、ライテンの特異な人格にも驚いていたし、それに、人間同士の生き生きとした会話を聞くのが初めてだったからだ。 目を白黒させているオレにようやく気づいたらしい。 「この点についてシュウちゃんと話しても無駄よね」 「ショータも困ってるみたいだしな」 「へぇ、ショータ君って言うの。まんまね」 「ともかくだ。こっちはやることが残ってるし、お前は邪魔だ」 「邪魔とは何よ。こうして時々おしゃべりしに来てあげないと、シュウちゃん、そのうち地蔵になっちゃうわよ」 「ショータを連れて、その辺ぶらついて来い」 「あら、公認デート?」 「何でもいいから、一時間、時間つぶして来いよ」 「しょうがないわねぇ…。それじゃ、行きましょう」 圧倒されっぱなしのオレは、二の句も告げられぬまま、腕をつかまれ外へ連れ出されてしまった。 最初こそ抵抗しながら歩いていたものの、ライテンの腕の力は予想以上に強かったため、オレはすぐに諦めた。 黙々と歩くこと五分。やがて灰色のビルの谷間が開けた。 直径五百メートルほどのクレータがあった。そこに、雨水か、地下水か、水が溜まっている。まるで湖のようだった。青空を映した透明の水面からは、まるでダムの底のように瓦礫の野原が広がっているのが見えた。よく見ると、クレータの周囲の建物は、今まで見てきた建物のどれよりも崩壊の度合いが激しかった。 ライテンが立ち止まり、手ごろな大きさの瓦礫に腰掛けたので、オレもそれにならった。 「奥にいたのは、弟さん?」 おもむろに、ライテンが口をきいた。 奥にいた、というのは、トールのことだろうか。 「まぁ、そんな感じです」 詳しく説明するのは今は面倒だったし、弟のようなものだから、この答えでもいいだろうと思う。 「素敵ね」 ライテンが目を細める。 「そうそう、紹介が遅れたけど、あたしライテンって言うのよ。 雷の天使で、雷天。よろしくね、ショータ君」 こちらこそ、と頭を下げながら、その頭に疑問が浮かんだ。 センサガードという単語を思い出す。 ソフトをタグに入れてね、という雷天の発言とその名前から考えるに、外部から向けられたセンサを妨害するソフトウェアのことなのだろう。確かに、オレのセンサは反応こそしたが、データから推論を導き出すことはできなかった。つまり、推論システムを混乱させるような余計なデータを付加しているのかもしれない。 しかし、センサガードの仕組みが問題なのではない。 雷天に向けてセンサを向けたこと、すなわちオレがアンドロイドだということに、雷天は気づいていたということが問題なのだ。 この人物と一緒にいるのは、危険かもしれない。 徳口のことは一応安心できるとしても、彼の知り合いだからといって雷天のことまで無条件に信用できるとは限らない。 オレの身柄と、少年型アンドロイドという一見使途不明だが裏事情に通じる者ならピンとくる「情報」。うまく取引すれば、大金を手に入れることだってできるだろう。 「あたしのこと、疑ってるでしょう」 突然発せられた雷天の言葉が、オレの思考をすっかり見透かしていて、びっくりした。 「でも、オレのこと、気づいてるんですよね」 「価値観の違いよ。 そりゃ、お金ほしさに何でもするような人間もゴマンといるけど、それだって彼らの価値観。 あたしはあたしの価値観で考えて、行動して、あなたを気に入っただけよ」 オレはうなずいた。 しかし、納得したわけではない。 「何が、気に入ったんですか」 オレの問いに、雷天は微笑んだ。 「目よ」 「目?」 意外な答えに、バカみたいにオウム返しするしかない。 「目的を持った、力のある目が好きなのよ。 弟さんを守りたいんでしょう? それがあなたの生きる目的になって、あなたの目に強さを与えている」 頭を殴られたような衝撃だった。 今までずっとオレを悩ませていた、「何をしたいのか」の問いの答えは、きっとそれなのだ。 トールを守りたい、それが生きる目的。 声に出さず唱えてみると、確かに、何かが強くなったような気がした。 「だからあたし、シュウちゃんのことも放っておけないのよねぇ」 雷天が独りごちて、こちらを見て苦笑した。 その表情を見て、オレもやっと、自然に笑むことができた。 9 徳口の部屋へ戻ることにした。そろそろ約束の一時間が経過しようとしていたからだ。 玄関のドアを開けると、何かが胸にぶつかってきた。思わずよろめく。ついで、部屋の奥から徳口の慌てたような声が響いた。 「トール!」 そう、ぶつかってきたのはトールだった。 頭部はまだ破損したままだったが、こうして動いているということは、内部は完全に修理されたということだ。 「おかえり!」 トールが人工筋肉を動かしてにっこりと笑う。 オレは、トールこそおかえり、と思いながら、ただいまと言った。 そこへ、バスタオルを広げ持った徳口が駆け込んでくる。何事かと思って徳口の視線の先を見ると、トールは全裸だった。身体じゅうからゼリィを滴らせ、玄関付近の床はぬるりとてかっていた。ついさっきまで、修理用ポッドの中にいたのだろう。 「こんなに汚しやがって……」 ぶつくさ言いながら、徳口がトールの身体をタオルで覆い、ゼリィを拭き取っていく。 「オレが全部やっとくから」 そう言って、徳口からタオルを受け取った。 トールの身体を拭き上げ、玄関のぬめりを取っている間に、雷天は帰っていった。徳口から何かを頼まれたらしい。 オレは、汚れたタオルを持ち、トールを連れて徳口の元へ向かった。 徳口は、畳んであった段ボール箱を箱に戻していた。組み立てた箱の底をガムテープでふさぐと、 「ちょっとこっちに来い」 とトールを呼んだ。 トールは、無邪気なしぐさで徳口に駆け寄っていった。徳口は、彼に段ボール箱の中へ入るよう指示した。素直に従うトール。徳口はT字カミソリを大きくしたような黒い何かを取り出して、Tの横棒の部分を彼の両目にかざした。横棒とトールの顔の間から光の点滅が漏れ、唐突に彼の頭が垂れた。眠ってしまっている。 何をした、と言おうとするオレを制して、徳口が説明した。 「心配するな、光麻酔だ。 今からトールの頭部の修理に行くが、何せトールは元気がよすぎる。 それに、こんな状態のまま外を歩かせるわけにはいかないだろう? 知り合いに、アピアランス関連の修理業をやってる男がいるんだ。そいつのところまで、大体十分はかかる」 徳口の言う通りだ。 ID-AL社の工場を後にした時と同じように、段ボール箱に入れて運ぶのが最も安全な策だろう。 「でも、そんなものがあるなら、どうしてキャップを?」 その疑問は、つい数時間前にオレ自身がポッドで検査される際に、キャップを使用されたことについての問いだった。両目にかざすだけで眠ってしまう光麻酔なる機器があるのなら、キャップを介して麻酔プログラムを送り込むというのは面倒だし、意味がないのではないか、と思ったのだ。 「そのことについては、まあ、悪かったと思ってるよ」 予想外に、徳口は声のトーンを落とした。 段ボール箱をガムテープで完全に閉じる。彼はこちらを見なかった。 「魔が差したんだ。すまなかった」 徳口は外出の準備を済ませていた。 トールの入った箱を、青い台車に載せ、徳口の後に続いて玄関へ向かう。 オレは、簡単に謝罪されたことに、どこか釈然としない気持ちでいた。 謝って済む問題ではない、と思っているわけではない。かといって、道具は使われなければ意味がない、と思っているわけでもなかったが。 ただ、根拠は皆無だったが、何となく、何か理由があるはずだと直感していたからだった。 『sole』と書かれた質素な看板を掲げたその店の主人は、寡黙な男だった。 荒地質素と書いて、アラチ・タダスと読む。名は体を表すという言葉があるが、その通りだと思ってしまった。 徳口ともに体格はがっしりとしている方だ。オレたちが運んできた箱を無造作に開け、以前徳口がやってのけたように、トールの身体を軽々と持ち上げて、大きなテーブルの上にその身体を寝かせた。 どうやら、そのテーブル自体がポッドのようだ。荒地がテーブルの上に映し出されたタッチパネルを操作すると、トールの身体の周囲から丸いガラスが出現し、彼の身体を囲った。 ここまで、ずっと無言である。 オレは、いても立ってもいられなくなり、 「お願いします」 と頭を下げた。 しかし、荒地は、ちらりとオレを一瞥しただけで、何も言わずに作業を続けた。 徳口は、煙草を買ってくる、と言い残して店を出て行った。 途端に、空気が重くなった気がする。荒地とオレとを媒介する存在がいなくなったから、ますます何も話せない。その分の静けさが、空気の上に覆いかぶさったようだ。 修理の腕と人格に関連性があるとは思えないが、極端に何もしゃべらないので、オレは何故か不安になってきた。 とにかく、トールの姿が無事に直ればいい。それだけを祈りながら、荒地の作業を見守っていた。 しかし、オレの心配は杞憂だったようだ。 荒地は凄腕のアピアランスエンジニアだった。 最初の検査が終わり、分析結果を元に下地を作っていく。イミテーション眼球を取り付けた時点で、トールの顔はほとんど復元されていたといってもよかった。そこへ、更に人工皮膚を貼り付けていく。見ているこちらがはらはらするような繊細な作業を、いとも簡単にスムーズに行っていく。頭部に薄い膜を貼り、髪の毛を植えつけていった。これで修理作業は終わりだった。再びトールは丸いガラスに覆われ、筋肉と皮膚の具合をチェックされた。 そこへ、徳口が入ってくる。近くにきた徳口は、微かに煙草の匂いがした。外で喫煙したようである。 テーブルの上のガラスの中では、チェックが終わり最終工程のクリーニングが始まっていた。純水のシャワーがトールに降り注ぎ、洗浄が済むと送風され乾かされた。髪の毛がさらさらと風になびいている。 やがて、ガラスのカバーが開いた。徳口が近寄り、光麻酔の機器をトールにかざし、麻酔プログラムを解除する。 オレは、はやる気持ちを抑えながら、ポッドに近づいていった。 トールの顔は、完全に修復されていた。 元の顔を知っているわけではなかったが、これで元に戻った、と思う。 つるりとした肌、優しげな眉、軽く閉じられたまぶた、血色のいい頬、ぷっくりとした可愛らしい唇……。 やがて、トールは目を開いた。最初こそぼうっとしていたものの、すぐにこげ茶の瞳は光を帯びる。 「おはよう……」 あくびをかみ殺しながら呟くトールに、オレは満面の笑みでこう返した。 「おかえり」 |
||||
つづく…>> wrote by MooPong |
||||
![]() |
||||
>>このコンテンツの親サイト(indexページ)へ移動 | ||||