ID-AL(アイディアル)
第1章「目的と理由」
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 ほどなくして、オレたちは立ち上がることができた。
 目的地のひとつである、半導体の再生工場への出口についたのだ。出口付近は、複数のロボットの合流地点なので、「彼ら」が衝突しないようにある程度の広さと高さを確保してあるのだ。
 オレはトールに待てと合図し、通路出口の扉を押した。これで開かなければ、引き返して別のルートを探るしかない。
 だが、鉄扉はあっけなく開いた。軽い金属的な軋みを発しながら、四センチほどの隙間ができる。そこから、工場内の薄い光が漏れる。
 オレは鉄扉を慎重に押し開いて、顔を出し、きょろきょろとあたりを窺ってみる。
 物音ひとつしない。場内は暗かったが、通路と比べれば明るい。天井方向を見上げると、小さい天窓が三つ並び、そこからそれぞれ青白い光が落ちてきていた。
 オレの中で、発電システムが稼動するのが確認できる。
 右に目を走らせると、半導体を分解し部品ごとに分別するための大型機械が三つばかり並んでいた。並んでいる間隔が狭いことと、複雑な形状で物陰が多いことから、隠れるには最適だと思えた。
 オレはそろそろと扉の外に出、次いでトールを招く。コンクリートの床がはだしに冷たい。そしてすぐにトールの手をつなぎ、左の機械の影に急いだ。
 物陰にトールを座らせる。
「ちょっとそこで待ってろよ」
 オレは小声でそう言い残して、早速工場内の捜索を始めた。もちろん、出口を見つけるためである。
 大型機械の陰から出、そのままきょろきょろと見回すと、すぐに右前方にドアがあることに気づいた。
 目を凝らすと…どうやら両開き式の扉のようだ。扉の横の壁に、施錠用の小さな機器が取り付けられている。
 できるだけ素早く扉のほうへ走り寄り、機器を調べてみる。
 機器のこちらを向いている面は真っ平らで、二枚のガラスで内側に黒い板を挟んでいる。その面積は、手のひらより少し大きい。それ以外には、これと言って目立つものはなかった。
 しばらくして、ようやくオレは気づいた。
 生体認証なのだ。
 手のひらをガラス面に押し当て、静脈パタンを読み込んで認識するタイプのものである。静脈パタンの登録者以外はもちろん、当然人間以外のものも弾かれる。
 昨日まで元マスタにあてがわれていた部屋では、アンドロイド用の認識システムを流用したロックシステムを使っていたので、「人間が使う鍵」を見るのは初めてだったのだ。
 しかしとにかく、この扉を開けることは不可能なようだ。他の脱出口を探さねばならない。

 …それから約十分後、オレはすっかり落胆していた。
 この工場内から出るための扉は、一番最初に見つけた両開きのドア以外にはなかったのだ。
 最初に見つけた扉から、壁伝いに右へ進むと、上へ上がれる階段があった。
 階段を上らずに更に壁沿いに右へ進むと、ひとつドアがあり、それはロックされておらず手前へ開く。
 そのドアの中は左右に一直線に廊下があり、向かって左側に二つ、右側にひとつドアがあり、調べてみると左側は男女の更衣室で、右側は休憩室のようだった。
 前に見つけた階段を上ると、向かって左と右に、ひとつずつドアがある。また、右側のドアはロックがかかっていて開けなかったが、壁が全面ガラス張りで、内側の様子が手に取るように見えた。中には金属製のデスクと人一人横になれそうなサイズのソファ、それから観葉植物がニ鉢置いてあった。だが、どうやら強化ガラスのようで、ぶち破って入ることはできそうもなかった。
 また左側のドアも鍵がかかっており、かつこちらの部屋は外から内側をのぞくことが一切できない作りだったので、諦めざるを得なかった。
 そうしてオレは、階段を下り、トールを待たせている機械の陰へ戻った。
 トールは横になっていた。
 出会った時と同じように、身体をくの字に曲げ、頬を地面につけて四肢を投げ出している。
 疲れて眠ってしまったのだろうか…。
 …そう思って、オレはハッとした。
 アンドロイドが「疲れて眠る」なんてことはあり得ない。もし、そんな風に見えることがあったとしたら……
「トール!!」
 オレはトールのすぐそばにしゃがみこみ、トールの身体を抱えた。
 肌が、ひんやりと冷たい。
 気温が低いからだけではない。彼自身が熱を発していないから、こんなにも冷えてしまっているのだ。
 揺さぶってみるが、反応はゼロだ。身体全体がだらりと垂れて、まるで人形のようだった。
 顔を覗き込んでみるが、CCDも反応を示さない。
 閉じかけたまぶたの隙間からは、どんな視線も感じ得なかった。
「トール……」
 …完全なバッテリィ切れの状態だった。
 オレは、どうしたらいいのか分からなかった。
 トールが、どんな方法でエネルギィを得ているか、まったく知らなかったからだ。
 ただ、この状態から分かるのは、発電システムを持っていないか、発電条件がそろっていないか、である。
 しかし、そんなことが分かっても、今さらどうしようもないが…。こんなことなら、廃棄場内でトールの身体を調べた時に、同時にエネルギィ関連の状況も調べておくべきだった。
 だが、後悔していても前に進めはしない。
 扉のロックは外せない、他の脱出口はない、トールは動けない。
 もはや、ここで朝になるのを待つしかないだろう。工場の作業員が出勤してから、隙を見て抜け出すことができるか…。
 脱出できるか、捕まってしまうか、一か八かだが、それしか手はないようだった。
 タスクを起動する。作業員の出勤時間を、とりあえず午前八時半と見積もって、三十分前には行動できるようにアラームをセットした。
 トールの身体をそっと寝かせると、オレは彼に沿うように寝そべり、彼の身体を抱きしめた。
 ひんやりとした冷たさが、さっきよりも増したような気がする。
 システムをスリープモードに移行させた。スリープまでのカウントダウンが始まる。
 オレは目を閉じて、更にぎゅっと抱きしめる。
 何故かは分からないが、トールの身体をこれ以上冷やしておきたくはなかったのだ。
 せめて、朝が来るまでは。

 
     4


 足元に、赤い絨毯が広がっている。
 赤い色が目に焼きついて、くらくらとする。
 そこへ、オレンジ色のモミジの葉がひらひらと舞い落ちてきた。
 足元へ、はらりと着地する。
 しばらくすると、モミジが周囲からじわじわと侵食され始めた。虫食いや腐敗のスピードではない。
 不審に思って顔を近づけると、絨毯だと思っていた足元の赤が、実は水溜りだったことに気づいた。真っ赤な水溜り。モミジは、その水溜りの中へ徐々に沈みつつあったのだ。
 そしてついに、音もなく完全にモミジは目の前から消えうせた。
 後には、波紋が広がるのみ。
 その波紋が足へ当たる。強さは徐々に弱まるものの、波は何度も押し寄せ、足へ当たって跳ね返っていく。
 モミジが沈んだのはお前のせいだと非難されているように感じた。
 …違う、これは自分のせいじゃない。
 だが、波は止まらない。何度もぶつかっては跳ね返ることを繰り返している。
 これは自分のせいじゃないんだ、違うんだ…。

 目を見開くと、明るい光が飛び込んできた。
 反射的に、まぶしさに目を閉じ、もう一度ゆっくりとまぶたを開いた。
 スリープに入る前にセットしたアラームが、起動信号を何度も繰り返し発していた。
 もちろん、システム内のアラーム機能なので、第三者に分かるような音や動きはないが、オレはすぐに起き上がってアラームを止めた。
 現在時刻を確認する。
 午前八時十三秒。
 工場内はすっかり明るくなっていた。
 昨晩腕の中にいたはずのトールは、背後に寝そべっていた。
 朝になり工場内が明るくなったことで、ソーラー発電によりオレ自身はフル充電されていた。だが、昨晩電池の切れたトールは、機能停止したままだ。
 つまり、少なくとも彼はソーラー発電でエネルギィを得ているわけではないのだろう。
 そうすると、他に考えられるエネルギィ源は、AC充電くらいだ。すなわち、普通の充電式製品のように、コンセントから電力を供給する方法である。しかし、もしこの方法だとすると、今のオレにはなすすべもない…。
 その時、物音がした。
 一気に緊張の糸が張り詰め、オレは身構える。
 さっきの物音は、柔軟性のあるもので地面を打ち鳴らしたような音だった。
 おもむろに、柔らかい電子音が響き、ついで軽い金属的な軋みが聞こえた。
 ……昨夜開けなかった外への扉のロックを、誰かが開錠したのだ!
 身をかがめ、トールを守るように背にして、聞き耳を立てる。
 革靴の足音が工場内に入ってきた。その音は右へ移動し、やがて階段を上っていった。
 オレは即座に記憶を引き出す。二階から、こちらの様子が見えたかどうか…。機械の階段側の陰にぴたりと身体をつければ、ぎりぎり見えないかもしれない。
 だが、トールを抱えるにせよ引きずるにせよ、どうしても物音を立ててしまうだろう。今はどうか、足音の主がこちら側を見ないことを祈るしかなかった。
 いざとなったら、こちらから出ていって戦うしかないだろうか。勝率は五分、いや、もっと低いだろう。何せ、こちらはまったくの丸腰なのだから。
 足音は階段を上りきり、しばらく進んで立ち止まったようだ。
 緊張の糸が引き絞られる。
 呼吸を止め、すべてのセンサを最大限に開放し、そして待った。
 どれくらい時間が経ったのか、どうやら一秒も経っていないようだった。金属の鎖がぶつかるような音がし、鍵を開けて扉を開き、すぐに扉が閉まるような音がした。
 足音は、わずかに耳に届く程度に音が小さくなった。明らかに、部屋の中へ入ったことが分かる。
 気づかれなかったようだ。オレはとりあえず安心して、深呼吸を二回した。手のひらが、じっとりと汗をかいている。センサに反応する閾値を通常レベルへ下げた。
 だが、もちろん安心しているわけにはいかない。トールを機械の陰に移動させなくてはならないのだ。
 背後に向き直り、トールの背中の下に両腕を入れる。持ち上げようとしたが、彼自身の身体が力が抜け伸びきっている状態だったので、予想外に重かった。それでも何とか彼の身体を機械の陰へ移動させた。
 そして、オレも陰へ身を寄せようとする。しかし、何か異変を感じ、はっと振り返った。
 ほんの、二、三メートル前に、一人分の革靴が見えた。
 ぞくりと、背筋が凍る。
 視線をゆっくりと上へ移動させると、群青色の作業着を着た男だった。
 見つかってしまったのだ。
 とっさに、トールの身体へ腕を伸ばす。守ろうと思ったのだが、中途半端な姿勢になってしまった。
 相手も驚いたのか、微動だにしなかったが、オレが動いたことで視線をトールに移した。そして、トールの頭部に目をやり、目を見開く。
 しまった、と思ったが、もう遅い。
 男は、オレとトールを見据えながらゆっくりと近づいてきた。
 歩を進めるたびに、金属の鎖がこすれるような音が響く。
 オレは、がくりと頭を垂れた。
 ここで捕らえられたら、本社へ送られ、散々検査されるのだろう。その上で、厳重な監視の下廃棄処理されるか、はたまたマスタに再び使われる身になるか…。
 トールは、頭の損傷が激しいから、もしかしたら修理されずにそのまま処分されてしまうかもしれない。
 廃棄場内で、「生き延びてから話をしよう」と豪語した自分が愚かしいと思った。
 そう、思い返せば、自分がOSを入れ直そうなどと思わなければ、今、トールまで危険な目に合わせずに済んだのだ…。
 男の足音が止まった。
 今に、男の手がオレの腕をつかみ、無理やり立ち上がらせ、携帯情報端末か何かで本社に連絡をするのだろう。脱走したと思われるアンドロイドを発見しました、とか、そんな言葉で。
 だが、その冷たい想像は裏切られた。
 驚いて、聞き返してしまったほどだ。
 男は、しゃがみこんでこう言ったのだ。
「修理してやるから、ついて来い」
 
つづく…>>
wrote by MooPong
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