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ID-AL(アイディアル) 第1章「目的と理由」 |
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1 薄ら寒い。 それも当然だった。 オレは出荷時と同じ状態、……つまりまったくの裸でいたし、ここの気温は常に十度前後を保っている。 そろそろ眠くなる頃だった。 オレの世代はソーラー発電と明度差発電で活動エネルギィを自給しているが、この廃棄場はあたり一面薄暗いためどちらの方法でもエネルギィを作り出せない。つまり、オレの「命」は残りバッテリィにかかっているのだ。そして、今やそのバッテリィも残り少ない。 かといって、放電し終えても、電池の切れた人形のようにいきなり動かなくなるわけではない。身体のナマの部分は最後の最後まで生きることを諦めず、細胞はもがきながら、それでいて身体は動かせず、ゆっくりと死んでいくしかないのだ。 一瞬、形にも色にもならない思いの片鱗のようなものが頭をよぎった。 光のない闇に砕ける、ガラスの破片のような。 走馬灯と言うものだろうか。 人間が、死ぬ直前になって見る、記憶の総まとめのような幻覚のことだ。 何が頭をよぎったのか、必死に思い出そうとしたが、分からなかった。いや、死ぬと分かっているから、必死になどならなかったのかもしれない。そう、どうせ無駄なことだ。 しかし、死ぬ、とは言うものの、オレたちアンドロイドにとって、命の終わりとは何だろうか。 現在の技術であれば、ハードウェアが滅しても、中身の記憶データや人格データのバックアップさえあれば、それらを使って意識を継続させることは可能だ。だが、それは全身ナマの人間も同じだと言える。 では、人間とアンドロイドの違いは何か。 それは、結局、都合よく本当の命として生まれてきたものか、運悪く人間のための道具として作られたものかの違いなのだ。 つまり、人間は死んでも意識の継続を選択できるが、アンドロイドにはその選択権がない、ということである。要は、アンドロイド自身はただ死ぬことだけを選択させられる。 しかし、こんなことを考えていたから、オレは棄てられたのだった。 この廃棄場を有する企業の抜き打ち検査に引っかかり、廃棄対象になってしまったのだ。 そして今はこのありさま…、裸…つまり出荷時と同じ状態で、壁に頭をもたれ仰向けに寝そべっている。 オレのちょうど真上には廃棄物が落ちてくる孔があり、オレもそこからここへ落ちてきた。もしも今、真上から廃棄物が落ちてきたら、直撃を食らったオレは破損してしまうかもしれない。が、這い上がることのできないこの地獄では、もはや避けても避けなくても結果は同じことだ。 ただ、今の状態はお世辞にもいいとは言えないが、棄てられて…、いや、今まで暮らしていた上の「仕事場」から脱出できたことだけは、いいと思える。 オレは…、上ではいわば、愛玩用アンドロイドだった。 オレをつくったのは、表向きは介護用アンドロイドとそのOSでその名を馳せているが、裏では一部の特権階級層向けに愛玩用アンドロイドをオーダメイドしている、AL(人工生命)の業界では随一の大企業だった。 そして、その企業の会長が、オレのマスタだったわけだ。 上でのことは、正直、あまり思い出したくはない。 だが、オレにはそれ以外記憶がない。その元マスタに名前を与えてもらう前の記憶は一切なかった。だから、思い出したくなくても、どうしても思い出してしまうこともある。 もちろん、オレに記憶がないことはおかしいことではない。道具には、意識を継続させるという選択肢などないからだ。 だが、何故か時おり…、大事な花瓶を割ってしまったときのように胸がざわめくことがある。死を意識したさっき、何かが頭をよぎったように…。 それが何なのかは分からないが、とにかく…。 ……。 思考が乱れている。 どうやらそろそろ、エネルギィが切れるようだ。 オレは全身の力を抜き、死へ向かう準備を整えた。 エネルギィが切れた後のオレは、単純なノイズパタンを繰り返しながら、人工細胞を死滅させ、腐敗していくだけ…。 トウモロコシの繊維から作られた発電装置が薄闇にぽつんと転がり、本来の働きを失って、ただ砂のように崩れていくさまをイメージした。 オレが消えた後は、トウモロコシが芽を出すのだろうか…。 催眠術にかかったようにまぶたが重くなり始めた…。 2 …そのとき、突然目の前が真っ暗になり、直後に衝撃が肌の上を鈍く走った。 まだまぶたを閉じてはいなかった。つまり、何かが視界を遮ったわけだ。 本当だったら、既にエネルギィが切れて意識など消えているはずだが、何故か認識システムが再起動を始めていた。 どういうことだ? オレは訝しく思いながらも、現状を分析してみた。すぐに結果が出る。どうやら、真上の孔からの落下物がオレ自身に影を落としたおかげで、瞬間的に明度差発電を行ったらしい。セイフティ(生命維持)モードは管理コードを知っている人間しか解除できないから、どうやら廃棄課の手落ちのようだ。 残りバッテリィを確認すると、あと二日間は平気で動けることが判明した。これは、あと二日間は死ぬことができない、という意味である。セイフティモードが解除できない限り、アンドロイドは自殺もできない。 しかし、そこではたと気づいた。 当初は残りエネルギィの問題で仕方なく死を選ばざるを得なかったが、今は、時間さえ許せばここから脱出することだってできるのだ。 脱出した後は、光と影さえあればエネルギィには困らないし、曲がりなりにも最高品質のアンドロイド、ぱっと見には人間そのものだから、何とかやっていけるかもしれない。 オレはともかく、起き上がった。 すると、何かがずるりと身体の上を滑って落ちる感触がした。 そう、思い出した、真上の廃棄孔から何かが落ちてきて、オレに発電させたのだ。暗闇に慣れた目で、それを確認してみた。 それは、少年型アンドロイドだった。 外見の年齢はオレより年下程度の…。ウォーターマークを確認すると、十一歳となっている。つまり、オレの設定よりひとつ年下である。名前は、トールと言うらしい。 どうりでこちらに破損などの被害が出ないわけだ。少年型アンドロイドなら、小型で軽量だし、表面もそれなりに柔らかい。 ところが、改めてもう一度外見的特徴を確認しようとして、ぎょっとした。 頭部が破損しているのである。 具体的には、下唇より上の部分の皮膚が一切なく、灰色の人工筋肉が剥き出しになっていた。人間の眼球に当たる部分には、オレたちアンドロイドは通常、人工眼球か、CCDを埋め込んだイミテーション眼球がはめ込んである。オレは人工眼球だが、彼はイミテーション眼球のようだった。イミテーション眼球がひび割れ、光を失ったCCDが隙間から覗いていたからだ。 人工眼球ではなくイミテーション眼球ということは、オレより安価な、もしくは痛覚を持たない古いタイプのアンドロイドということだ。 本人は、これだけ壊れていても、痛みを感じていないということである。だが、何故かオレ自身が、彼の状態を見て胸が痛んだ。胸部に怪我などしていないのに、だ。 しかしとにかく、トールはもう動けないだろう。頭部があれだけ破損していては、仮にCPUやハードディスクドライブに傷がついていなくとも、OS自体がエラーを起こしている可能性がある。もしOSを入れ直そうと思ったら、誰かが彼にインストールしてやらなければならない。 ともかく、今はオレ自身が脱出できるかどうかが先だと自分に言い聞かせ、まずは壁際を念入りに探索することにした。 三十分後、意外に早く、脱出できる可能性のあるルートを発見した。 廃棄課の部品回収ロボットが出入りする出入り口だ。 オレやトールのような世代のアンドロイドは、部品がすべてトウモロコシ製の強化プラスティックでできているため、腐敗すると最終的には身体のナマの部分もろともすべてが消え去ってしまう。しかし、それより前の世代のアンドロイドは部分的に合成樹脂や半導体が使われていたため、法律に則り、部品はすべて回収・再利用しなければならないので、この手のアンドロイド廃棄場には回収ロボットがつきものだった。 しかも、ここの回収ロボットの出入り口は、廃棄課の杜撰な管理のおかげか、ちょっとした力で開くことができたのである。 回収ロボットは各部品ごとに別々の道を伝ってそれぞれの再生用工場に向かう。再生用工場は今でも人を雇っているということを上の仕事場で聞いたことがあったので、必ず外へ出られる出入り口があるはずだ。 これで、多少リスクはあるかもしれないが、脱出ルートは確保できた。 オレは一安心してため息をついた。 だが、安心してしまうと、別のことが気になり始めた。 別のこととは…、さっき見つけた彼…トールのことである。 オレは、もう一度彼のところへ戻ってみることにした。 トールはまだ、同じ場所で、同じ姿勢のまま倒れていた。 破損した頭部、虚ろな視線を上に投げかけて、くの字に身体を折り曲げ横向きに倒れている…。 瞬間、オレは何故か、薄ら寒い何かを感じ取った。 人間なら、鳥肌が立った、と表現するのだろうか。 何か、懐かしいようでいて、物悲しくて、もどかしくて、自分自身を激しく責め立てなければ済まないような罪悪感…。 これは…何だろうか…。 オレは、いても立ってもいられなくなった。とにかく、この感情を解消したい、そのために彼と話してみなくては…、と。 つまり、OSを入れ直してみようと思い立ったのだ。 指向性認識システムを90%に引き上げて、まずは彼の全身を調べることから始めた。 CPU、ハードディスクドライブ、接続子などには損傷は見られなかった。OSにはエラーがあり、予想通り入れ替えの必要がある。イミテーション眼球自体は壊れているが、CCDには問題がない。それから、触覚に関するファイルが一部書き換えられているようだった。また、OSのバージョンはオレよりひとつ古いタイプで、ハードウェアが耐えられるかどうかは一か八かのようだ。 調べてみたことで、明らかになったことがもうひとつあった。 どうやら、トールもまた、オレの元マスタの愛玩アンドロイドだったようなのだ。何故なら接続子が…、口と性器にあったからだ。しかも、人間で言う体液交換と似たような仕組みで情報を交換するタイプのものだ。これは、元マスタ…、あいつの趣味以外の何物でもない。 もちろんあいつは人間だから、オレたちに何かをインストールする場合には、昔コンドームと呼ばれていたものに似ているキャップと言うインタフェイスを使用しているわけだ。 接続子の位置は使用者が決められることになっていて、オレの接続子は人間で言う口と肛門だった。オレは食べ物を摂取する必要も排泄の必要もないから、どちらも愛玩用にしか使われない。 だが、オレは何故か、あいつにバックをヤられることがどうしても嫌で、人間の道具であるにもかかわらず、そのときになると逃げ続けていたのだ。そんなことだから、棄てられたのかもしれないが…。 ところで、問題がひとつあった。 それは、トールに自分のOSをインストールするには、マウストゥマウスではできない、ということである。彼の口は半分壊れかけているから、たとえ認識したとしても、認識効率が低くてどのくらい時間がかかるか分かったものではない。 だからと言って、彼の性器を「ただ入れる」だけでは、体液交換にはならないので意味はない。 OSが壊れている身体、しかも十歳という幼い身体が、どれだけ反応し体液を放出することができるか、そこが問題なのである。 しかし、やってみるほかないだろう。 オレは、トールの身体を仰向けにし、股間の柔らかいそれを口に含んだ。 唾液と舌で包みながら、ちゅくちゅくと吸い込んでみる。何度かやってみるものの、顕著な反応は見られない。 今度は、柔らかく被った包皮の間に舌を入れ、右側からねじ込むように亀頭自体を舌全体で撫で回してみる。さっきの吸い込みと今回の撫で回しを何度か繰り返してみると、スポンジが水気を含むように、少しずつ硬さを帯び始めてきた。 やっぱり、こいつの身体はまだ生きようとしている! そう思うと何故か嬉しくて、舌の動きにも力が入った。 すでに彼のそれはピンと硬さを保ち、ぴくんぴくんと脈打っている。更に、口の中にほのかに塩味がしみてくる。いわゆる先走りに似た液体が分泌され始めたのだ。 トールを認識するためのアンドロイド言語が眼の奥で流れていく。互いの認識が終わり、接続が完了する。オレは、先にコピィしておいた自分自身のOSを流し込み始めた。 この時点で、もはや体液交換は終わっており、「インストール作業」はこれ以上やらなくてもいいのだが、何故かオレの口は止まらなかった。 ちゅぱ、ちゅぽん、といやらしい音を立てながら、優しく激しくしゃぶっていく。時おり口を離すと、彼のそれは唾液でてらてらと輝き、透明の糸を引いた。 息遣いが聞こえる。 しかし、オレは気に留めず舐め回した。今や彼は、それだけでなく身体全体がピンと張り詰めているように感じられた。 サオの裏側を、根元からツツツ…と舐め上げ、それからまたそれを口に含んでちゅくちゅくと吸い上げる…。 「…にぃ…ちゃ…んっっ…」 そんな声が聞こえたような気がした。 その瞬間、彼の身体がびくびくと震え、それ自体もびくびくと震え、まるで破裂するように、オレの口の中に液体が飛び込んできた。 意外とさらりとした癖のない味の液体を、思わず飲み込む。 そして、口を離すと、それと口の間に透明の糸が引いた。それはまだびくんびくんと震えながら、ぬらぬらと光っている。震えるたびに白っぽく濁った液体が飛び出し、垂れていく。 こんな廃棄場には紙も布もないので、オレは自分の舌で彼の液体を拭った。 ようやく落ち着いて、オレは彼から身体を離し、頭部を見た。 顔面の人工筋肉の内側にあるLEDが点滅しているのが分かる。CCDも光を取り戻しつつあるようだ。 やがて、OSのバージョンを読み上げる声が薄闇に響き渡る。 「ID-AL、OS9.2…」 オレは立ち上がると、脱出の準備を整えた。 今さらながら、自分の吐く息が白いことに気づき、同時に肌寒さを覚えた。 「使用者を入力中です…。…使用者、特定できませんでした…」 認識システムが、人間を認識できなかったから、使用者を特定できなかったわけだ。アンドロイドは人間にしか使えない。 オレは、回収ロボット用出入り口を手で開き、周囲と中を再確認した。 それから、彼に向き直る。 「使用目的を入力してください…。音声、視覚、データ入力が可能です…」 まだ認識システムが完全ではないからか、視点が定まらないようだ。 オレは、トールに手を差し伸べた。 「とにかく、今は生き残る。後で話をしよう」 CCDがオレの手を捉える、人工筋肉が音もなく動いて表情を作る、彼はオレの手をつかみ立ち上がる…。 「うん、わかった!」 トールは、少年のように笑っていた。 3 回収ロボットの通路は狭い。 オレやトールの身体が少年型であるおかげでこの狭い通路も何とか通れるが、大人の身体では無理だろう。 だが、心なしか廃棄場内よりも暖かく感じられた。単に、自分から発せられる熱のおかげかもしれないが…。 オレたちは這いつくばって進んでいた。この通路が管轄の廃棄課の杜撰な管理のおかげで、床には古い部品が散乱しており、膝がこすれて痛い。トールには痛覚がないから、痛くも痒くもないはずだが。 通路にはオレが先に入り、時々後ろのトールがついて来ているかを確認するために声をかけていた。 「ついてきてるか?」 丸い通路と身体との間にできたわずかな隙間に向かって確認する。 「うん、いるよ、にいちゃん」 トールが声を返す。丸っこい優しい声だ。 だが、オレは胸がちくりと痛むのを感じる。 何故だろう? たぶん、「にいちゃん」という呼びかけに対して、なのだろうと分析する。 それは、さっきの行為の恥ずかしさからくる感情だろうか。いや、あれはただの相互認識、ソフトのインストール作業だっただけだ。しかし、必要な作業を終えてもなお彼の身体に刺激を与え続けた理由は、自分でも分からない。同じ境遇の者に出会えた嬉しさからか。恥ずかしいと感じるのは、身内に手を出したように感じるからか。確かに、同じ工場で生産されるアンドロイドは、お互い兄弟みたいなものだと言えるが…。 「にいちゃん?」 後方から、心配そうなトールの声が聞こえた。 再び、胸がちくりと痛む。やはり原因はこの呼びかけ方のようだ。 「悪い、どのくらい時間経ってた?」 「五・三秒だよ」 即答である。 大して時間が経っていないことに安堵する。 「あのな、お願いがあるんだけど…、オレのこと『にいちゃん』って呼ぶの、やめてくれないかな」 「じゃあ、何て呼べばいいの?」 オレは、元マスタ…あいつにつけられた名前を答えようとして、すぐに留めた。あいつに呼ばれていた名前はもう聞きたくなかった。こうなったら、新しい名前が必要だ。 何がいいだろう…、あまり時間をとって考えるわけにもいかないし…。そういえば、トールは高いという意味があったな…。うん、今はとりあえず、これでよしとしておこう…。 「オレの名前は、ショートだ」 すると後方で一瞬、間が空いた。 次いでくすくす笑うような声が聞こえる。 「何か、おかしいか」 後ろから、くぐもった声が聞こえる。 「トールとショートだなんて、見た目とは正反対だなって思ったから…」 確かにその通りだ。オレのほうが、トールよりも三センチばかり背が高い。 だが、思いついた名前はこれしかなかったし、時間をかけるわけにもいかない。 そこで一瞬のイメージが閃いた。 もしオレとトールが本当の、本当の人間の兄弟だったら、きっと、出会う人みんなに「見た目とは正反対だ」と言われるのかもしれないな、と。 そう考えたら、オレも少しおかしく思えて、笑いを漏らした。 そして、笑ってみたら、何だか力が湧いてきたように感じた。ここは真っ暗で、闇しかないというのに…。 「さあ、とにかく、先に進むぞ、トール」 オレは、まだ笑いが止まらない様子のトールに声をかけた。 笑うことならこれからだってできるだろう。だけど、この通路はまだ先が長い。オレとトールのバッテリィが残っているうちに外に出られなければ、すべてはおしまいなのだ。 「にい…じゃなくて、ショート。分かった」 トールの返事を確認すると、オレは再び、真っ暗な通路を前進し始めた…。 |
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つづく…>> wrote by MooPong |
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